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蘇った!ペンタの蹴球日記

あの世から蘇ってきた蹴球老人の日記

サッカー馬鹿

この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし(良寛

 

☆     ☆     ☆

 

さて、最近、水泳教室を止めたおかげですっかり膝の調子がよくなったペンタである。しかしながら、その代りぶくぶくと太りだし、6月末に比べると3キロ弱体重が増えてしまった。

 

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5月の頃じゃったか、わしは本当に体調が悪く、肩こり、目まい、動悸などの諸症状に見舞われた。あまりに辛いので、スマホで症状を入力し、検索してみると、LOHの疑があるというではないか!

 

胸に手をあててみると、思い当たる節もあるような気がした。

 

当然のことながら普段のわしは、サッカー番組を見るのが大好きであるし、当時は各国のリーグやチャンピョンズも最終節・決勝戦を迎え、大注目の時期に差し掛かっていた。それにも関わらず、あまり関心が持てなくなっていたのである。

 

思えば、11月から4月の半ばまで結構忙しく、新聞社のアルバイトもやっていられなくなり、仕事の締切に追われ神経もすり減っていたのであるが、それを無事終えて気が抜けたせいもあるかもしれない。

 

とにかく、5月になったところで、仕事も趣味もまったくやる気が起きなくなったのである。

 

膝も痛いせいもあるが、とにかく動きたくない。

テレビの前で一度ごろんとなると、もうぷくりとも動くのが億劫である。

血圧が高いのも、LOHのせいじゃないのか?!

 

「やばい!このままではわしは人間として(雄として)終わってまうのではないか?いや、終わりつつあるので、こんな症状に悩まされてしまっているのではないか?」

 

わしは希望ケ丘に新しくできた泌尿器科にすっ飛んでいった。そこでテストステロンの量を計測してくれるというのである。

 

そこに行って、テストステロンの量が減っているのを確認してもらい、ホルモン注射をがんがん打ってもらい、わしは復活するぞ!という魂胆である。

 

 

一週間後、その若い医者は分析結果を見て言った。

 

「これを見る限り、ペンタさん、あんたテストステロンまだじゃぶじゃぶ出てますけど」

 

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どうやら、ただ単に怠惰病にかかっていたらしい。

 

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さて、7月31日(日)は、わしらオヤックスは河川公園でBBQをした。芝生があるので、そこにゴールを組み立て、ミニゲームをやった。

 

だが、本格的な夏が来てしまったいたので、とにかく暑いのである。

 

昼から始め、ビールで乾杯し、つくねを焼いて食べた後で、さっそくゲームをやってみたのだが、ほんの数分でわしらは参ってしまった。

 

酔いと老化と余りの暑さに、もうぶっ倒れそうなのである。

 

わしは先日、髪形を変えたので、そのせいもあって直射日光がきつのである。

 

本格的な夏が来てしまったので公園はBBQをやっている者たちで混雑しているのではないかというわしらの心配は大きく外れ、見渡す限りのスペースである。広大な芝生空間がひろがっている。東屋に一家族がいるだけで、あとは無人なのである。ポケモンGOをしにくる中高生ですらほとんど見かけない。テニスコートにも人影がない。

 

余りの暑さに、芝生公園は不人気なのであった。

 

しかし、わしらは頑固に居座り続け、スマホで仲間を呼び出したりしながら、BBQとミニゲームを続けたのである。

 

途中、黒ワンピースの若い女が築山の周囲を3周ほどしていたこと、進撃の巨人が現れ、醜い上半身をさらして妙な動きをしていたことを除けば、わしらはずっと芝生を独占して遊んでいたのじゃ。

 

やがて、真夏の日差しも、わしら年寄の粘りには勝てず、6時を過ぎると、公園はぐっと涼しくなった。風も出て来て、旧川口町の方の空はピカピカ光っていた。そっちの方角は雨が降り、雷が鳴っているらしかった。

 

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いやいや楽しかったなぁ。

 

いつものことながら、BBQの後片付けに来てくれるマサの奥さんには、ホントに頭があがらぬよ。

 

それにしても、ボールを蹴るのはなんと楽しいことか。

 

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さて、良寛である。

 

子どものころから良寛さんのエピソードを聞かされつつ育って来たのであるが改めて考えてみると本当に奇妙な人である。

 

良寛は、若くして出家し、岡山県の玉島というところにある圓通寺と言う曹洞宗のお寺で修行をする。そして国仙和尚という師匠から印可を得ている。曹洞宗永平寺の座禅修業が有名なように、仏教のなかでも厳しい修行で知られた宗派であるが、とくに宗祖道元は口うるさい人だったらしく、事細かに修行の仕方や生き方を説いている。その中に、詩歌や書の禁止という条項もあったらしい。

 

ところが、良寛は故郷の新潟に戻ると、書や詩歌をばりばりやりだす。曹洞宗のお寺の住職になる、という道が本来の生き方じゃったはずじゃが、そこからも逸れた生き方をする。五合庵という庵に住んで、近隣の村々を托鉢をしてまわって、それで食っていくのである。

 

先日、国上山の五合庵に行ってみて驚いたのであるが、これは結構奥深い山奥にある。徒歩で村里に降りて、托鉢をしてお米を分けてもらって、帰って食すといっても、相当な距離を歩かねばらならぬ。実際良寛は、おもった以上にタフで、かなり広い範囲を歩き回り、乞食(こつじき)していたらしい。

 

しかし・・・・

 

道のべに 菫つみつつ鉢の子を 忘れてぞ来し あはれ鉢の子

 

そうなのである。良寛は、その托鉢に使う、大切な鉢を忘れて来てしまったのである。

 

なんともはや、たった一つの商売道具を、置き忘れて菫つみをしてしまうなんて、いったいぜんたいどういう人なのであろう。

 

と、ほかならぬ忘れ者帝王のわしが関心するのであるから、やはり大したものである。

 

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良寛の書は、のちに夏目漱石も夢中になってコレクションしたというほどの、日本の書家史上特別な境地に達したものである。また、和歌、俳句、漢詩いずれも見事な出来栄えが多い。特に、個人的には長歌に凄まじいものがあると思う

 

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出雲崎の庄屋の家を捨てて出家してしまった良寛(その家は弟が継いだがその代でつぶれている。父親は京都で自殺)

 

出家して、道元曹洞宗)に心酔しながらも、その教えから外れてしまった良寛(実際、晩年は浄土宗に共感していたらしい)。

 

我儘放題と言える。

 

その良寛は、手まり遊びも相当にうまかったらしい。

 

漢詩にも、和歌にも、「わしにかなうヤツはいない」みたいなことを繰り返し書いている。

 

しかし毬遊びに夢中になるのは、恐らく当時は子供だけだったろうと思う。

 

子ども相手に、かなり本気なって遊び、勝ち誇っている良寛の姿が目に浮かぶようだ。

 

子どもしかやらないであろう、毬つきを夢中になって練習する良寛というのも、圧倒的に変な人である。

 

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良寛は盆踊りも大好きで、しばしば村の盆踊りに飛び入り参加したらしい。あるとき女装して参加したことがあり、で、村人が「あの女はどこの女だ?いい女じゃないか」と語りあっているのを聞いて、大いに喜んでいたらしい。

 

村人は良寛をからかってそう言っているのであるが、良寛もからかわれて調子にのっている変な坊主を演じていたのではないだろうか?

 

おかしな人である。

 

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なんだか、こうして良寛のことを勉強していると、だんだん恐ろしい気がしてくる。

 

なんだか、誰もいない真夏の芝生公園で、サッカーに興じている自分たちの姿と重なってくるではないか!?

 

弓町のガイの家では、7月31日、雷が落ちたそうである。多分、飲みすぎたガイに奥様が落としたものであろう。

 

サッカーばかりしているタツに向かって、かのグラマラスな奥さんは「お父さん、あんな何になるの?」と尋ねたそうである。

 

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わしらは、馬鹿なのであろうか?