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蘇った!ペンタの蹴球日記

あの世から蘇ってきた蹴球老人の日記

サッカーの未来

このブログでも書いたことがあるのに、最近すっかり忘れていたことがある。

 

それは「サッカーの未来」について、である。先日、西部謙司氏が『footbollista』で書いていた記事を読みそれを思い出した。

 

氏は、「サッカーはハンドボールやバスケットボールなど、手でボールを扱う球技に近づく」と、いうことを今年の4月号にも書いていて、わしは同様な主張を10年ほど前にそれを読み、大いに勇気づけられたのである。

 

それから暫くして、サッカーボールを手で扱うようなシャビやイニエスタの所属するチームが、ペップの戦術によって、「サッカーのハンドボール化を推し進め」、見事サッカーの世界に革新を起こしてゆく様を味わうことができた。しかも彼らは見事に勝ってみせたのである。

 

☆     ☆     ☆

 

さて、西部氏の言葉にもう少し耳を傾けよう。

 

ハンドボールやバスケットボールでは、いったん手に収まったら滅多なことではボールを失わない。それに合った守備や攻撃が行われていて、サッカーのボール技術も「手」に近づけば戦術やゲームの様相も似てくるはずなのだ」

 

これはまったく、ペップバルサの全盛期のことではないか。イニエスタやシャビのように、地面を見ている時間が短く、ターンやドリブルをしている間も周りが見えるがごとくプレーし、しかも判断ミスやミスキックがほとんどない選手、彼らはまるでサッカー選手というよりは、バスケットボールの選手に近い姿勢をとっている、といえば言い過ぎかもしれないが、ニュアンスは分かってもらえると思う。

 

実際、イニエスタは、ドリブルしながらも周囲を見てプレーしていることがままある。

 

このような選手が幾人か揃っていて、ボールを簡単に失わないこと、ミスをしないことが可能になると、それ前提とした戦術、ミスの少ないプレーの積み重ねで相手の守備陣を崩すこと、つまりショートパスをつなぐサッカー、すなわちポゼッションサッカーという戦術が可能になるわけである。

 

これこそまさに、サッカーのハンドボール化である。

 

☆     ☆     ☆

 

さて、それから西部氏は、さらなる進化は、グアルディオラによってなされるのではないか、という趣旨のことを書いている。SBのボランチ化、0バック(センターバック本職の選手がいないシステム)がペップバイエルの試合で見られ、それらはよりボール扱いの巧みな選手たちのよって、推し進められるポゼッションサッカーの進化形ではないかと言うのだ。

 

しかし、ここでわしは意見が異なる。

 

☆     ☆     ☆

 

バスケットボールやハンドボールでもカウンターは非常に有効な戦術であり、カウンターをしません、カウンターを狙いません、というチームはないはずだ。相手の守備陣形が整わないうちに攻め切ってしまうのは、これらの競技でのファーストチョイスのはずである。それが無理なときの遅攻なのだ。

 

バスケットの場合、時間帯によってはオールコートでマンツーマンディフェンスを行い、徹底的にインターセプトを狙い、奪ってからーのショートカウンターという戦術もある。スタミナが無尽蔵にあれば、かなり有効な戦術のはずだ。そしてこれなどは、セルタの戦術(ビエルサ一族のサッカー)とよく似ている。

 

ゆえに、ポゼッション志向だけがバスケットボール化、ハンドボール化ではないのぢや!

 

☆     ☆     ☆

 

遅攻と速攻の使い分け、これがこれからのサッカーの強者の戦術になるはずである。

 

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さて、カンプノウでのクラシコで、レアルが勝ってしまった。クライフ追悼試合という舞台設定にもかかわらず、である。

 

これだからサッカーは熱い。

 

勝敗の原因は幾つかあると思うが、一つはジダンが守備時に4-1-4-というシステムを徹底させたこと。これに、クリロナ、ベイルも従ったことである。そして、アンカーのカゼミーロを始め、レアルの中盤がよくブスケツの自由を奪ってしまったこと。

 

これにいらだったのか、メッシがブスケツの横に降りてしまったこと。メッシはかつてアルゼンチン代表でもこれをよくやっていたが、多くの試合で空回りしてしまっていた。最近、「シャビの果たしていた機能をメッシが代わりつつある」などと評されることのあるメッシだが、これはまったく誤った評価で、最初からプレースタイルや担っているものが違う。

 

ここ数年、両者の対戦では、ポゼッションでレアルが勝ることが多く、レアルとバルサが入れ替わったような、と言われる試合がしばしばあったのだが、ジダンは現実的にバランスのとれた選手を選択した。これは間違っていなかったと思う。

 

実際には、イスコ(もしくはハメス)の代わりにカゼミーロを投入したわけであるが、この違いだけで守備の安定度ががらっと増す。その代り、カゼミーロとブスケツとでは、攻撃時の組み立てでは、中学生とプロくらい異なっており、主導権を握るサッカーは難しくなる。

 

従って、相手に主導権を受け渡し、守備時は一度リトリートしての4-14-1の採用ということになったのであろう。

 

これまでジダン・レアルのサッカーで必ず見受けられた守備時の欠陥がこの試合でようやく埋められた気がする(もっともサッカーの場合、完璧なディフェンスなどというものはないのであるが)。

 

☆     ☆     ☆

 

さて、サッカーとバスケ、ハンドボールとの大きな違いに、わしが言うまでもなく、オフサイドルールというものがある。このルールがあるおかげで、サッカーのディフェンスは、フラットに最終ラインを引き、前へとプレッシングをかけるという戦術が可能になっている。もしオフサイドルールがなければ、恐らくマンツーマンからずるずると下がるチームばかりになっているのではないかと思う。

 

これは非常につまらないゲームばかりになっていただろう。

 

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そして、ミケルスとクライフの二人がいなかったら、サッカーはなんと面白くないスポーツになっていたのだろうと思うのである。