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蘇った!ペンタの蹴球日記

あの世から蘇ってきた蹴球老人の日記

これでいいのだ、というわけにはいかないのじゃ!

『テッド2』が公開になった。

 

ご存じのとおり『テッド』シリーズの主人公は冴えない男であるが、彼女はちょーのつく美人。わしがこの世で一番好きなノラ・ジョーンズと共演しても、流石に美しさでは一歩も引けをとらないミラ・クニス嬢である(もっともノラはすっかり太ってしまったが・・・)。仕事もできて、性格もよくて、こんな人形とお友達の男を理解し、愛し続ける・・・なんて羨ましいんだ!

 

この羨ましさは、なんかに似ていると思ったら、そうである。バカボンのパパである。バカボンのパパこそ、日本男児の憧れ!あんな風に生きたいものである。てか、バカボンのパパの奥さんは素敵すぎるでしょう!!

 

☆     ☆      ☆

 

その一方で、「これでいいのだ」と見逃すことはできない事件も多い。

 

東京五輪のエンブレム問題は、あれは組織委員と佐野事務所が完全に癒着していたってことじゃろう!最初から「佐野ありき」で選考が行われたってことじゃとわしは読む。「今後は、選考過程も透明に」って言うからには、透明じゃなかい今回の選考過程もオープンにしてもらいましょう。

 

ネット上では、次々に佐野事務所の盗作が暴かれているらしいが、誰と誰が何をしていたか密室の選考会議に迫るようなネットの住民も出て来てほしいものじゃ。

 

☆    ☆     ☆

 

さて、カンボジアには勝ったが、相変わらずの日本代表である。

 

わしはBSで録画し見たのであるが、解説の木村のふて腐れようは凄まじいものがあった。監督に対しても、選手に対しても放り投げた感じ、見放した感じ、サジを投げた感じであった。

 

安酒場でテレビ観戦をしながらぼやいているおっさん、ではないのであるから、批判するにしてももっと当事者意識というものが欲しいものである。

 

松木安太郎の解説もどうかと思うが、木村の投槍な態度はテレビとして成立していないのではないだろうか?

 

☆     ☆     ☆

 

ま、実際、そんな言われようをされても仕方ないような出来であったのじゃが、低調な試合が続いておる。

 

今回の試合には、最悪であったシンガポール戦からの改善点もあって、それはサイドの突破である。わしが書いたように、シンガポール戦のときの本田は中央に寄りすぎた。それが今回は、酒井宏樹と次々に右サイドを突破。こんなにきれいにサイドを突破する日本代表は、さて、もう20年くらい記憶にない。攻撃に「幅」が戻った、のである。

 

この辺の修正能力は、さすがに本田である。もしかして、わしのブログを読んでいるのではないか、と思うほどであった。

 

ところが、ゴール前にいたのは、岡崎、武藤、香川というあまり身長のない選手ばかりであった。わしが書いていたように、ここにハーフナーとか指宿がいたら、簡単に得点が出来たはず。

 

もともと岡崎は、運動量とカウンター時のダイビングヘッドに強みのある選手であるが、相手がべたひきのチームに対しては得意のプレッシングをかける必要もなく、これだけ真ん中に密集されたら、さすがにスペースがないのである。やはり「上」しか空いていなかったのじゃ。という意味で、岡崎は現役のサッカー選手としては、抜けているとわしも思うのであるが、この手の試合には不向きなのじゃないかとわしは思う。

 

酒井宏樹のクロスの精度を問題視したり、崩しのやり方にアイデアを求めたりする意見もあったが、サイドからのクロスに合わせ密集でも得点を挙げられる選手を置いているか、という選手選考、選手起用の問題であったと思う。

 

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さて、わしは日本人の書いた小説のなかでは島崎藤村『夜明け前』が最高傑作じゃと思う。これは幕末の激動の日本を、木曽の山奥に住む主人公の視線で描いたもので、実際読んでいると、江戸時代の幕藩体制から明治の君主国家へと「国の体制」が根本から変わってしまうなか、よくぞまあ日本人は生き延びてきたものおよ、と感心してしまう。当然、内乱は起こるわ、経済体制もがらり変わるわ、しかも自然災害も多い・・・その中で、おおと思い当たることがある。

 

それは当時の日本人は、きっちり教育というものをして、次世代を育てているということである。実は、次世代の教育さえしっかりしていれば、人口が半分くらい減ろうが、なんだろうが、その民族は立派に生きていけるはずである。太平洋戦争に負けたときも、ひどい状態じゃったのだろうが、これも生き抜き、見事成長をなしとげたではないか。

 

わしらが生きていて背筋の寒くなる一番の要因は、この「次世代教育」に失敗している「感」が次第にはっきりしてきたためなのじゃないだろうか?

 

わしの本業の世界でも、うちらの世代の弟子は、おる。12歳年下までは大丈夫である。じゃが、その下の世代はめっきりと手薄で、20歳代はもはやママゴトである。

 

こういう業界は非常に多いと思う。人間も減っているが、人材はもっと育っていないのじゃ。

 

音楽業界などはほぼ壊滅状態が目前に迫っているらしい。技術者がまるで育っていない。

 

さて、サッカーにおける一番の閉塞感の原因も、この育成の失敗。世代交代の失敗である。代表に競争がなくなってからどれくらい経つのか、ちょっと思い出せなくなっているほどである。これは途中からメンバーを固定してしまったザッケローニのせいかもしれないが、その後監督が代わり、多少若手を試す試合もあったにも関わらずほとんど無風という状態を見ると、やはり若手自身がその起用に答えららないからであり、Jにおける若手の育成がうまくいっていないから、更に、それ以前の育成自身にも問題があるのでは、と疑いの目を向けざるを得ない。

 

☆     ☆     ☆

 

これは、天に唾するような発言で、わしも10年程前までは、ジュニアでコーチをやっていた。20歳代から10歳後半までというのは、まさしくわしが教えていた年代になるわけじゃ。

 

では、思い当たる節があるかと言われれば・・・・

 

しばらく考えてみよう。