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蘇った!ペンタの蹴球日記

あの世から蘇ってきた蹴球老人の日記

さとり

中学校時代の思い出の中で、忘れられないシーンがある。

 

同じクラスに、GOIという奴がいて、驚くべき運動神経の持ち主であった。なんと、廊下を歩いているほかの生徒に近づき、ジャンプをして足を開き、自分の肛門を相手の鼻に押し当て、屁をこく、という離れ業をやるのである。しかも、その体勢から綺麗に着地もするのである!

 

今でも、夢に見ることがある。当時の中学校の廊下は荒れていた・・・そこにGOIが登場し・・・・

 

☆        ☆        ☆

 

もう一つある。

 

中1の7月頃のことじゃと記憶する。中3があっけなく県大会1回戦で負けてしまい、中2の天下になった。それからというもの、地獄が始まったわけである。

 

それまでは、中3が春の大会に備えて集中しており、部活全体が1年坊主を構う暇がなく、1年坊主ははっきりいって球拾い要員であった。毎日ボール拾いをしながら、奇声をあげていればよかったのである(もちろん、用具の準備やグランド整備は厳しくやらされたが)。

 

中3のキャプテンはソフトな人で、今思うとオカマかよというような、なよっちい声の持ち主だった。それでもインサイドキックが美しいフォームの人で、その人のフォームを目に焼き付けたりしていて、それなりにリスペクトはしていたのである。

 

他方で、中2のキャプテンというのは、体形はマリノスの中澤のよう、顔はガマガエル。そして、言葉数少ないが、気が強く、非常に怖い人だった。ポジションはセンターバック。スタミナは部活一。スピードとパワーも兼ね備え、跳躍力でもGKの次に飛んだ。高校時代には県選抜に選ばれることになる。

 

そして、この中2全体は、人数も多く、気も荒く、後に県大会でベスト4まで行った学年だったせいもあって、急に部活の雰囲気が変わった。

 

一言で言うと厳しくなったのである。とういか、理不尽になったのである。

 

☆        ☆        ☆

 

ちょっとでも、1年同士で会話していれば、怒られる。ソフトボール部の女子を見ていると、怒られる。部活以外でも、廊下で先輩を見かけたら、先にみつけて挨拶しないと怒られる。

 

当時の中学校の廊下は荒れていた。そこへGOIが現れ・・・いやいや、先輩が現れないかとひやひやしながら歩いていたものである。どんなに、仲間とはしゃいだとしても、視界の隅にちらとでも先輩の姿が見えるや、直立不動となり、「こんちわす」と挨拶をしなければならない。でないと、月に一度ある「セッキョ」で絞られるのである。

 

中2の天下となると、「セッキョ」は増え、雨が降ると、必ず「セッキョ」されたものである。

 

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そうそう。何十年ぶりに中2のキャプテンの名前を思い出した。佐々木さんである。

 

「いちたい、いちー」と、佐々木さんが声変わりした、ひくーい声で叫ぶと、わしの前にすっくと立ちはだかった。「ペンタ、今日からは俺が相手だ」

 

「いー?!」なんでわしが?と思う間もなく、マネージャーが「はじめー」とホイッスルを吹き、ストップウォッチをスタートする。

 

5分間、ラインからラインのあいだで、1対1でドリブルをしあい、何回相手側を抜いてラインまで運ぶか、というあの原始的な練習なのじゃが、さらに野蛮なことに、その回数で負けると、腹筋●十回などいうペナルティがつくのである。

 

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小4からサッカーをして遊び始めたわしは、毎日フェイントやドリブルをして遊んでいたせいもあって、当時はちびじゃったが、それなりにドリブルができるようになったいた。しかも、フェイントというのは、小中学生にとっては、今もむかしもたまらぬもので、わしもかつてはご多分にもれず夢中になって練習したものである。

 

そのおかげもあって、わしのフェイントやドリブルは、結構通用するようになった。

 

しかし、である。その佐々木先輩は、でかいのである。しかも、読みがよかったのか、間合いが良かったのか、たぶん、両方よかったのじゃと思うが、まったく抜けない。

 

わしのワザはすべて読まれ、がしっと身体を入れられて、ボールを奪われると、そのままキープされて、わし側のラインまで行ってしまう。

 

その日は、5本やって一度も勝てず、ざんざんな目にあった。

 

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さて、翌日も佐々木さんは「1対1」になるとわしの目の前に立ちはだかった。

 

その日も一本も取れなかったが、わしは気づいたのである。

 

負けた奴が、腹筋とするときに、勝った側が、足首をつかむことんなっていたのじゃが、佐々木キャプテンはわしが負け続けると、すこし力を込めて押さえつけ、腹筋しやすいようにしてくれていたのである。

 

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「1対1」をやったことがある人は分かると思うが、これは実に疲れる。すぐにへばる。

 

だいたいドリブルなんていうものは、5分も続けてやるものではない。1対1も、5分も続くわけがない。それも5本だなんて!

 

1本で充分ですから!

 

しかも、相手にまったく技が通用しないとなると、もうどうしようもないのである。

 

へばるのである。

 

しかも負ければ腹筋の恐怖・・・

 

「明日は負けたくない(ていうか、負けると辛い)」そうは思っても、家に帰ったら疲れてダウンしてしまったので、翌日学校に行ってから、わしはドリブルの練習をした。廊下にあった鏡に向かって、ほんとらしいフェイントを工夫してみる。右へちいさくステップするだけ、肩をゆするだけ、瞬間的で、小刻みなフェイントほど効きそうである。足裏でとめ、すぐに前に出す、いわゆるロコモーティブ。その後、さんざんお世話になったフェイントもこの頃練習した。

 

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さて、そんな状態を何日続けていたことであろうか、わしはその日も佐々木さんへ向かってドリブルを開始。

 

でも、なんとなくこうやって毎日1対1でしごかれていると、当初の怖いというイメージは減り、なんだか親しみがわいてくる。なんといっても、腹筋でもう起き上がれなくなったときに、ぐっと力を込めてもらってサポートしてもらうと、ありがたさまで感じるのである。

 

しかし、残念ながら工夫したフェイントはまったく通用しなのである。相変わらずすべて読まれているのじゃ。

 

当時わしは、ほかの人であれば5割以上の確率で抜けていた(これは当たり前のことで、5割抜けない人は、ドリブルをやめた方がいい)。右へ誘い、左へ、左へ誘い右へ。ちょろいもんである。

 

しかし、佐々木さんには通用しない。やっぱり読まれているようじゃ。わしは、すでに疲れており、フェイントをする元気もない。「この人はサトリか!?」

 

わたしは妖怪サトリを思った。こっちの考えを見抜いているようなのじゃ。

 

疲れたわしは、単純に右にむかってドリブルしようとした、実際右へボールを転がした、さらにボールを右へ!しかし、ボールに足が触りそうになった瞬間、わしは気が変わったのである。わしは左へ行くことにした。

 

急に、佐々木さんの姿が目の前から消えた。

 

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やった!

 

わしは、ついに佐々木さんを抜いたのである。

 

わしは思ったのである。「途中で気が変わるフェイント、使えるぜ」

 

ペンタは、このドリブルのお蔭で、一時ドリブルで抜きまくることになる。

 

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しかし、その後、わしは気づいたのじゃった。ドリブルをし1対1になったとき、調子が悪いと、「途中で気が変わらない」のである。

 

「気が変わらない」と、ごく簡単に相手にボールを奪われてしまうのである。

 

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その後、わしは急に身長が伸び、脚も速くなってしまったので、二度とこの「途中で、気が変わるフェイント」をすることはなくなった。つねにスピードで勝負するタイプになったしまったのである。

 

残念である。

 

今考えると、わしはチビなりに自分の間合いというものを発見したのじゃないかと思う。

 

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残念といえば、GOIは数年前に病死してしまった。あいつの見事な「おなら芸」を、当時の同級生と話したいと思うのじゃが、なかなかそんな雰囲気になれない。

 

やつに息子がいたら、お前のおやじは、こんな華麗な芸を持っていた、と教えてやりたいが、本人は聞きたくないだうな・・・・

 

それでは、この辺で。